東京地方裁判所 昭和25年(ワ)4355号 判決
原告 片山喜代
被告 木全清一 外一名
一、主 文
被告木全は原告に対し金五万円を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告木全との間に生じた部分は、これを四分しその三を原告の、その一を被告木全の各負担とし、原告と被告佐藤との間に生じた部分は全部原告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り原告において被告木全に対して金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
第一、当事者の申立及び事実に関する主張
原告訴訟代理人は、「被告等両名は連帯して原告に対し金二十万円を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、家族三名とともに肩書住居地に所在する木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪十八坪二合五勺をその家主である訴外丸山むめより賃借して居住していたところ、被告木全は、右家屋を右丸山より買受けて所有者となつたと称し、昭和二十四年一月頃から原告に対し強硬に家屋明渡の要求をするようになつた。ところが原告がその要求に応じなかつたので、被告木全及び同佐藤は、共謀の上原告に対し暴行脅迫を加えて右家屋の明渡の目的を達しようと図り、以下に述べるような不法行為に及んだ。
(一) 昭和二十四年九月十八日午前九時頃被告等両名は、原告及びその実弟訴外誤阿部要之助等の制止するのをきかずに原告宅の庭内に建築材料を搬入し、原告居宅の南側に密接してバラツクを建築したのである。ところで原告居宅は、その敷地を含む宅地五十五坪の北側寄りに東西に長く建てられ縁側を距てて南側の庭に面した八畳、六畳の二室があり、又東南端に南側の庭に面した一間の硝子窓を有する四畳半の一室があるのであるが被告等両名の建築したバラツクは、右縁側及び硝子窓に密接して東西に長さ約四間、奥行約一間にわたるものであつた。このような不法なバラツクの建築によつて原告占有の宅地の一部が不法に占拠されてしまつたばかりでなく、原告宅の八畳、六畳、四畳半の各室への採光及び通風に必要な廊下及び硝子窓の全部が閉鎖された結果、原告宅には日光が入らなくなり昼間も暗く、又通風も遮断されて湿気も甚しくなり、原告及びその家族は、前記家屋の使用状態が著るしく阻害されることとなつた。そしてこの状態は、原告が被告等を東京地方検察庁に告訴した結果昭和二十五年六月二十六日に被告等がやむなく右バラツクを取毀して敷地を原告に明渡すまで約九ケ月余にわたり継続したのであつた。
(二) また前述の被告等両名が建築したバラツクには、昭和二十四年九月十九日から前記撤去されるに至るまで九ケ月余にわたり被告佐藤が同人の妻とともに居住していた。そして右佐藤は、同所に居住中ことさらに早朝から物音を荒立て、二匹の犬を飼ひことごとに原告に対し言掛りをつける等種々の脅迫行為を継続してきた。
二、前述した被告両名の不法行為に因つて原告は、次に掲げるような種々の損害を蒙つた。
(一) 前記バラツクの建築に際して、原告方庭の垣根が損壊された。その損害額は金七百円相当である。
(二) バラツクの敷地上に存していた原告方野菜畑が荒された上バラツク撤去のときまで九ケ月にわたりバラツクの敷地部分を野菜畑として使用することが不能となつた。このため原告は、野菜の栽培によつて得べかりし利益金八千円を喪失した。
(三) 約九ケ月余にわたる原告居宅内への日光の遮断、通風不能に因り、
(イ) 原告宅における電気及び炭の使用量が増加し、従つて電気料、炭代の支払額が著るしく増加した。その増加額は、電気料毎月金百六十円九ケ月間の合計金千四百四十円であり、炭代は合計金三千円となる。
(ロ) 原告宅内にあつた原告所有の箪笥三棹が虫喰によつて毀損され、又保存衣類が腐朽した。これらによる価値の減少は、箪笥につき金四千円、衣類につき金一万五千円である。
(ハ) 家屋内が不潔となり消毒が必要となつた。この消毒費として原告は金三百六十円を支出しなければならなかつた。
(四) 又被告等の前述の不法行為によつて原告、原告の長女及び長男の健康を著るしく害された。そのために、原告は
(イ) 原告の病気を治療するための医療費金八千九十円、病院への交通費金千二百円、栄養費金二万二千三百円の支出を要した。又右の病気のため、原告が従来営んでいた洋裁の内職が不能となつたが、当時原告は、右内職によつて毎月金三千円乃至四千円の収入を得ていたから、九ケ月間の内職によつて得べかりし利益である少くとも合計金二万七千円を喪失したわけである。
(ロ) 原告の長女の病気を治療するため医療費金三千三百円、栄養費金一万三千百六十円を支出した外、原告長女は当時の勤務先を欠勤したため、月給及び賞与が合計金八千六百円減額され、右同額の得べかりし利益を喪失した。
(ハ) 原告の長男の病気を治療するため医療費金千五百五十円、栄養費金四千五百円を支出した。
(五) 原告は、被告等の不法建築による損害を排除するため次のような各種の行為をなし之につき種々経費を要したがその内訳は、被害現場写真出張撮影焼増等の費用金千六百円、告訴手続及び検察審査会請求手続の費用金一万円、検察庁及び弁護士事務所への交通費金千二百円、本件訴訟提起の費用金五千円である。
(六) 原告は被告等両名の前記不法行為によつて長期間にわたり生活をおびやかされ精神上甚しい苦痛を受けた。これを金銭に換算すると金五万円相当の損害を蒙つたこととなる。
以上のような積極的消極的な財産上の損害及び精神上の損害を合計すると金二十万円となるが、これはすべて、被告等両名の共同不法行為に帰因するものに外ならないのである。
よつて被告等両名は連帯して原告に対し右金二十万円の損害を賠償すべき義務を負うものであり、原告はその支払を求めるため本訴に及んだ。
と陳述した。
被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
被告木全清一の答弁として
一、原告がその主張のとおり本件家屋を賃借居住してきたこと、被告木全が原告に対しその主張のとおり本件家屋の買受人としてその明渡を要求してきたこと(但し、要求は強硬高圧的なものではなかつた。)及び原告主張の日時にその主張のような態様のバラツクを建築したこと、原告が被告両名を東京地方検察庁に告訴したこと、被告木全が昭和二十五年六月二十六日に右バラツクを撤去し、その敷地を原告に明渡したこと(但し、やむを得ず明渡したのではなく任意に明渡したのである。)、被告佐藤が原告主張の日からその主張のように右バラツク内に居住していたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。
二、被告木全は、終戦後肩書住居地の借家に老母と二人で居住していたが、家主より明渡の要求をうけやむなく立退先として昭和二十三年十二月三十一日原告居住中の家屋を家主訴外丸山むめより買取り、昭和二十四年一月十日以降原告に対し、その移転先立退料についても十分考慮しつつ明渡方を交渉してきた。しかるに原告はこれに応ずる誠意がなかつたので、被告木全は、昭和二十四年八月に市川簡易裁判所に家屋明渡の調停申立をしたところ期日が指定されないうちに昭和二十四年九月一日来襲したキテイ台風に因る水害のため被告木全居住中の借家は罹災浸水して居住不能となつた。この災害に遭つて負傷した上老母をかかえて途方にくれた被告木全は原告に事情を話して原告方居宅への同居を懇請したが遂に承諾を得られず、さきに申立てた調停事件も原告の不誠意により調停不調となつて同年九月十四日に終了した。その日被告木全は原告に対し、それでは本件家屋に建増をして住みたいと申入れたところ建増に対しては原告としても異議を述べないとの返答を得た。そこで被告木全は早速同月十八日に現在の危難を避けるためやむなく原告主張のとおりのバラツクの建築を行つたものである。よつて被告木全は不法行為の責任を負うべきわけはない。
被告佐藤哲哉の答弁として
被告佐藤が原告主張のように昭和二十四年九月十九日から原告居宅の建増されたバラツク内に妻とともに居住し、昭和二十五年六月二十六日右バラツクの撤去に伴い同所を退去したことは認める。しかしながら、右バラツクを被告木全と共謀して建築したこと、右バラツクに居住中原告主張のような行為をして原告を脅迫したこと、バラツクからの退去が原告に告訴されたためやむを得ずなされたものであること及び原告がその主張のような種々の損害を蒙つたことは否認する。その余の事実はすべて不知。
と陳述した。
第二、証拠<省略>
三、理 由
一、原告がその肩書住居地に所在する木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪十八坪二合五勺を家主である訴外丸山むめから賃借して居住していたこと、被告木全が昭和二十四年一月以来右家屋を買受けたと称して原告に対し右家屋の明渡を求めていたこと右被告が昭和二十四年九月十八日に原告居宅の南側に密接して間口約四間奥行約一間のバラツク建築を行つたこと及び右バラツクが同二十五年六月二十八日に収去されるまでの間九ケ月余にわたり存置されていたことは原告と被告木全との間で争のないところである。
原告は、被告等両名が原告に右家屋の明渡を強要しようと共謀の上、右バラツクを共同して建築したと主張するので按ずるに証人阿部要之助の証言及び原告本人尋問の結果によるも被告佐藤が同木全と共同して右バラツクを建築したものと認めることができず他に原告提出の全証拠をもつてしてもその主張事実を認めることはできないから原告の右主張は採用することができない。
二、そこで被告木全の前記バラツクの建築が不法行為であるか否かについて判断するに、成立に争のない甲第四号証乙第十四号証、証人三条茂の証言により本件係争建築部分の写真であると認められる甲第六、七号証に証人阿部要之助、三条茂の各証言、原告及び被告木全の(一部)の各本人尋問の結果を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、
被告木全は、昭和二十三年十二月三十一日に本件家屋を買受けて所有者となつたが、その頃右被告の老母と二名で被告肩書地の借家に居住していたので自己の買受けた本件家屋に移転したいと考え、右家屋の全部又は一部の明渡方を屡々原告に対して要求し昭和二十四年八月十五日に市川簡易裁判所に家屋明渡の調停を申立てた。ところが同年九月一日に襲来したいわゆるキテイ台風に因る水害のため、同被告の住家は浸水して居住不能となつた。そこで被告木全は原告に対し一室でも良いから明渡してくれるよう要望したがこれまた原告の容れるところとならず、一方調停手続も同年九月十四日に不調となつて終了した。この日に右被告は原告の居住家屋に建増を加えて住みたいと申入れておいた。そして同年九月十八日午前九時頃、被告木全は、同佐藤外一名を伴い木材等の建築材料を携えて原告居住家屋の庭に入つてきて家屋の右側に接した宅地上にバラツクの建築を開始したのである。そこでその場に居合せた原告及び訴外阿部要之助及び近隣の訴外三条茂らがこれを制止しようとしたが、被告木全は「おれの買つた家だからおれが建てるのは自由だ」等とどなり散らし制止をきかず、間口約四間奥行一間の土間のバラツク一棟を同日中に完成してしまつた。ところで、原告居住の家屋は東西に長く東から西へ四畳半、六畳、八畳の三室があり、六畳、八畳の二室は廊下を距てて南側の庭に面し、四畳半の一室の南側には長さ一間の硝子窓があるが、被告木全の建築したバラツクは、右家屋の南側に四間にわたつて密接しているため、前記三室への採光、通風に必要な廊下、窓の全部が閉鎖される結果となつた。そして、右状態は昭和二十五年六月二十六日に右バラツクが収去されるまでの約九ケ月にわたつて継続したがその間被告木全はバラツク建築の当日一晩ここに寝泊りしたのみで自ら右バラツクに居住したことはなかつた。
被告木全は右バラツクの建築については原告の承諾をうけていた旨抗争するけれどもこの点に関する被告木全の本人尋問の結果は前記証拠と比べて措信出来ず他に之を認める証拠はない。
右認定のようなバラツク建築当時の被告木全の態度、バラツクの建築場所、その内部の模様、建築後の右被告の行動に照らすと被告木全は、右バラツクに老母とともに居住しなければならない程のさし迫つた事情があつてこれを建築したものではなく、却つて原告に対し本件家屋明渡の目的を達する強硬手段として強引にバラツクの建増を行つたものであり、又自ら建築したバラツクの場所、構造等からしてこの建築により、原告が占有している宅地の一部を原告の意に反して占拠することとなる外、原告の居宅が採光、通風ともに極めて不良となり、そのため原告をして採光、通風等につきその居宅の利用状態を著るしく阻害することを認識していたものと断ぜざるを得ない。
およそ家屋の所有者が借家人に対しかりに明渡請求権を有していたとしても、明渡の目的を達する手段として右認定のような建増をし、もつて借家人の居住家屋の通常の用法に従つて使用を妨げるようなことは許されないのであるから、被告木全が前記のようにバラツクを建築して九ケ月余にわたりこれを存置しておいたことは、明らかに原告の利益を害する不法行為であるといわなければならない。
被告木全は、右建増行為は緊急避難行為であると主張するが前記認定の事実によれば、同被告の行為が民法上の違法阻却事由として緊急避難行為に該らないことは明らかであるから、その主張を容れることはできない。
原告は、被告佐藤が右バラツクにその建築された翌日から収去されるまで居住し、その間原告に対し種々の脅迫行為に及んだと主張するが、被告佐藤が原告主張のとおり右バラツクに居住していたことは原告と右被告間に争ないところであるけれども証人阿部要之助の証言、原告及び被告両名各本人尋問の結果を綜合すると、被告佐藤は、右バラツクに居住中飲酒を好みとかく喧騒にわたる行為の多かつたことは認められるが別段故意に原告を脅迫したような事実は認められず、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。従つて原告の右主張は容れることができない。
三、よつて、進んで被告木全の前記認定の不法行為により原告の蒙つた損害の点につき審及することとする。
(一) まず原告は、不法な本件バラツクの建築により原告方の垣根が破壊され、その損害は金七百円であると主張するので按ずるに、原告本人尋問の結果によれば右バラツク建築に際し、原告方の生垣が多少破壊されたことは認められるが、破壊の程度及びその損害については原告において何らの立証もしないのであるから結局原告の右主張は採用できない。
(二) 又野菜畑については、証人阿部要之助の証言によれば、本件バラツクの建築により、当時存していた原告方の菜園が荒されたことは推認できるが、当時の菜園の状態その他損害額について原告は何らの立証もしないのであるからこの点に関する原告の主張も認容することができない。
(三) 次に原告住居家屋に対する日光の遮断、通風の不能に因る原告の電気料及び炭代の増加、箪笥、衣類の毀損、消毒費の支出につき考えると、証人阿部要之助の証言によれば、原告方では本件バラツクのため日光があたらなくなり昼間も電燈を使用しなければならなかつたこと及び冬期にあたつて燃料も従前以上に消費する必要が生じたことは推認するに難くなく、右電燈料及び燃料費の増加は被告木全の前記不法行為によるものといい得るけれども、原告はその損害額についても何らの立証をしないので、原告の右主張もこれを肯認することができない。又証人三条茂の証言及び原告本人尋問の結果によれば本件バラツクの存在していた頃原告方の箪笥、衣類が毀損したことは窺えるが、右証人及び原告本人供述中本件バラツクのために箪笥、衣類が毀損したとの部分は直ちに信用することができず、他に右不法行為と損害が相当因果関係に立つものであることを肯認するに足る証拠はなく、又消毒費の支出についても原告は何らの立証をしない。
従つてこれらの点に関する原告の主張も亦認めることができない。
(四) 次に原告は、本件不法行為により原告、その長女及び長男が罹病したため損害を蒙つたと主張するので按ずるに、
(イ) 証人阿部要之助の証言及び原告本人尋問の結果によつても、原告が本件不法行為に因つて発病したものと認めるのに未だ十分ではなく、却つて原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第八号証によれば、原告は昭和二十年頃から貧血症の徴候を呈していたが昭和二十四年十二月頃から病状が悪化したことが認められる。そして、右証人阿部要之助の証言及び原告本人尋問の結果中本件不法行為によつて原告の病状の悪化したとの点は直ちに信用できないし、他にその因果関係の存在を認めるに足る証拠はない。
(ロ) 次に証人中村淑子の証言により真正に成立したと認められる甲第十六号証に証人中村淑子、同阿部要之助の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると原告の長女訴外片山新子は従来身体に格別の異常を覚えなかつたところ、本件不法行為の継続中である昭和二十五年四月頃罹病を自覚し肺結核の症状を呈するに至り更に原告の長男訴外片山俊一も本件バラツクの存続中呼吸器の疾患に罹つたことが認められる。しかしながら右の証拠によつては、右両名の胸部疾患が被告木全の不法行為に因り発生したと認めるには十分でなく、他に之が因果関係の存在を肯定させるに足る証拠はない。もつとも証人中村淑子の証言によれば右片山新子の疾病については、本件不法行為が病状悪化の一誘因となつていると認められないではないけれども、右証言によつても片山新子の疾病と本件不法行為が相当因果関係に立つものとは到底認めることが出来ないから同証言によつても前記認定を覆すに足らない。
よつて結局被告木全は原告外二名の罹病に因る損害を賠償する責を負わないものというべきである。
(五) 更に原告は、本件不法行為による侵害を排除するために要した費用として写真撮影費、告訴及び検察審査請求手続経費、検察庁弁護士会への交通費及び本件訴訟提起の費用の賠償を求めているが、右はいずれも本件不法行為によつて通常生じた損害と謂うことが出来ず、原告において被告木全が右損害の特別の事情について之を予見し又は予見することが出来たとの点については何等の立証をしないのであるから原告の主張はこれを採ることができない。
(六) 最後に原告は慰藉料として金五万円の支払を求める旨主張するので按ずるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件不法行為に因り精神上多大の苦痛を蒙つたことが認められる。そうすると被告木全は原告に対し相当の慰藉料を支払うべき義務あるものと謂うべく、そして原告本人尋問の結果によると原告が中年の未亡人であつて家族三人をかかえた女世帯を営んでいることが認められ、被告木全が故意にバラツクを建築した行為、右バラツクが九ケ月余にわたり存置されていたこと、従つて精神的な苦痛も原告方において長く継続していたこと等前記認定した事実に諸般の事情を参酌すれば、右慰藉料の額は金五万円をもつて相当と謂うべきである。
四、よつて原告の本訴請求は、被告木全に対し慰藉料金五万円の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第八十九条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 花淵精一)